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年賀状はうざいしいらない。「返信しない勇気」をみんなで持とう。 | ちょっと働く いっぱい遊ぶ
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年賀状はうざいしいらない。「返信しない勇気」をみんなで持とう。

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同調圧力ってマジで糞だと思いません?
たとえば、

「みんな残業してるのに君だけ定時で帰るの?」とか、
「(飲み会にて)とりあえず人数分の生!」とか、
「えっ、有給取るの? みんな忙しそうにしてるよ?」とか、
「とにかく先輩だから、無条件で後輩よりも偉い」とか、

 んなもん知らねーよってハナシだよ。

みんなが残業してようが自分の仕事には関係ないし、そもそも“みんな”が残業しなきゃいけない仕事量なのがおかしいし、慢性的に残業が続いてるのならばそれは管理職が人材管理できてないだけだし、仕事でもない飲み会くらい好きなもん頼ませろって感じだし、まああんまりつらつらと書いていくときりがないのでこの辺にしといてやるけども、
要するに同調圧力って、数の暴力で人をおとしめる卑劣な行為だと思うんだよ。

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んで、年賀状って必要ある?

仕事の話しから少し逸れるけども、毎年年明けに送られる「年賀状」がまさにこの同調圧力を象徴している文化ではないだろうか。

……などというと、「ふだんあまり接点が持てない人とつながりを保てるきっかけになるメリットがある」とか言い出す奴が出てくるかもしれないが、実際問題として、じゃあそういうわずかなメリットのために送ってる奴と、「そういう文化だから」とかあるいは「向こうから年賀状来たから、送り返さないと……」と思って仕方なく嫌々送ってる奴とでどっちが多いかと言えば、もう圧倒的に渋々送ってる奴だと思うんだよね。

加えて、自分は仮にそういうメリットを感じて送っていたとしても、受け取った相手もそうであるとは限らないわけで。
第一、本当に関係を途切れさせたくないと互いに思っていれば、放っておいても自然と会う機会は出てくるだろう。少なくとも、互いにそう考えているのに1年間全く接点が得られないことの方がよっぽど不自然である。

せめてメールで良くない?

もっとおかしいのは、「年賀状」という形式であることが求められるということ。
すごく簡単に言うと、「それ、年賀状である必要ある? 別にメールで良くない?」ってこと。
今の若い世代はこのような悪文化から抜け出しつつあるのでメールで済ませてる人も多いだろうが、年配の方々はそうではない。「年始の挨拶をメールなんかで済ますとは、礼儀がなっとらん!」と考える老害が少なくない。
その考えが古くさいし、まるで合理的じゃない。なによりひどいのは、年明けには年賀状を送るべきだという糞食らえな文化を、さも当然のように他人に押しつけることだ。

これは年賀状に限らないことではあるが、悪しき文化を途絶えさせるには誰かが勇気を出して異議を唱える必要がある。
合理性だけがすべてではないことは承知している。その上で、非合理的なものをさもそれがスタンダードであるかのように他人に押しつける行為がより正しくないことは、もっと承知している。

たかだか年に一度の行事などと言わず、こういった些細なことから皆で協力しあって、皆が住みやすい国にしていってほしい。
それが、同調圧力ではない本来あるべき姿の協調性ではないだろうか。

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