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「辛いときには休めばいい」が僕らを追い込んでいる

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――つらいときには、休んでもいいんだよ。
この言葉は一見、相手を思いやっている言葉のように聞こえるが、事実はそうではない。裏を返せば、つらいとき以外は休むなよと言ってるのと同義だからだ。

人間の身体の性質上、つらくなくても休むべきである。

なぜならば、つらいと感じたときには既に身体は赤信号の警告を出している状態であり、仮にそこで休んで通常の状態に戻したとしても、そんな働き方(休み方と言った方が適切だろうか)をずっと続けていればいずれは取り返しが付かなくなるからだ。

警告を発している時点で、あなたの健康は着実とむしばまれている。

よって、つらいと感じるその前に休んでおく必要があるのだ。だから労働基準法では最低限の休日が定められており、また最大限の労働時間も定められている。

いずれも、つらいとかつらくないとかそのような個人の主観ではなく、時間という絶対的な存在が基準となっている。

その上でなおつらいのなら、休むべきである。

間違えないでほしい。私の言葉は「休んでもいい」のではなく「休むべき」であることを。

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つらいと感じてから休んでも遅い

そもそも、「休んでもいい」とは何様だろうか。なぜ私が休むのに、おまえに休んでもいいなどと言われなきゃならんのだ。有給は労働者に与えられた権利であるし、従業員がオーバーワークにならないように勉めるのは使用者の義務だ。

つらいのハードルは人による

また、その人がつらいかどうかを感じる基準はすべてその人のものだ。だから自分はつらいと感じていて、それで休んだのにも関わらずある人からは、

「はあ? その程度でつらいって……。みんなもっと大変なんだよ? 甘えすぎじゃない?」

などと言われるかもしれない。なるほど法定内労働時間(原則は1日8時間、1週40時間)の中でそう言われるのならば確かに一理ある。

だが、現実としてほとんどの職場ではそれでは収まりきらず、時間外労働をするのが常となっている。法によって基準値の定められた労働時間を超えて労働しているのに、なぜ甘えなどと言われなければならないのだろうか?

「つらい=休める」だと、仕事がつらいものになる

つらいと感じたときに休める風潮になると、仕事そのものがつらいものになる。なぜって? そりゃ、仕事から一時的に抜け出すための条件がつらい状態に陥ることになっているもん。そうなりゃ仕事=つらいもの、となってしまうのは必然だ。

ここで勘違いしないでいただきたいのは、私は別に仕事が嫌いな人間ではないということだ。私が嫌いなのは、法律を無視した労働とそれをさせようとするブラック企業だ。

よって法に則った健全な働き方で、自分のやりたい仕事ならば大歓迎である。法に則るという部分は本来あって当たり前であるべきなので、条件的にはそこまで厳しくないはず。……はずなんだが、残念ながらこの国ではそうでないらしい。全くもって狂っている。

「つらい=休める」だと、不幸な人がいなくならない

「つらいときには休めばいい」世の中だと、不幸な人間が増えるばかりだ。だからこの国ではこんなにもニートが増加し、若者の自殺者も年々増えている。

そしてそういったしわ寄せは結果的に生きている労働者に税金として降りかかってくるのだ。馬鹿な労働者は、結果的に自分たちの首を絞めていることに気づかない。

「つらくなる前に、休んでね」という世の中にしないと世の中は幸せになれないのだ。

だから皆には、つらくなる前に休むことを検討してほしい。仕事でだって、問題が起こる前にそうならないように可能な限り対処しておくのがふつうだろう? 問題が起こってからようやく腰を上げるなんて、まるで二流の仕事ではないか。

ことが起こってから対処したのでは、たいていの場合もう遅いんだ。だから休むことも同じように、つらいと感じる前に対処しなければならない。

そして世の中をそういう風潮に変えていくには、まずは私たち一人一人の小さな心がけが大事ではないだろうか。だからあなたも、周りに頑張りすぎている人がいたらこう声をかけてあげよう。

「つらくなる前に、休んでね」と。

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