労働法の番人である労働基準監督署は労働者にとって頼りになる存在ではありますが、場合によっては担当官にもどうすることもできず、結果泣き寝入りするしかないと判断することもあります。
中でも勤め先が個人事業主である場合には要注意です。
たとえば働いた分の給料が支払われなかったとしても、労働基準監督署が動くための要件を満たせずに泣き寝入りをするしかない状況に陥ることもあります。
実際に生じた事例をご紹介いたします。
ちょうど今から2年ほど前になりますが、ある個人事業主・木村(仮名)が、私に共同経営の話しを持ちかけてきました。要約するとおおむね以下の通りです。
生徒数もそれほど多くはなく、多額を要するわけでもなければ、医学部生をアルバイトとして2名雇っているなどのインフラは整っていたので、私は上記の話しを持ちかけられてから半年後にOKしました。
しかしその後、紆余曲折を経てすぐに私が単独で経営することとなりました。
運営に携わって3カ月ほど経ったある日、見たこともない顔が現れ、
と申し出てきたのです。
【以降の話のために木村について簡単に言及しますと、彼は嘘にまみれた人間であり、泥棒したので追放しました。先日、こちらに寄稿させていただきました山田(仮)とは別人です……】
詳しく聞いてみると、中村は私が共同経営として参画する前から木村がアルバイトとして雇っていた医学部生の一人。
私が参加してからはシフトに入れてもらえなくなり、給料も未払いのまま木村にいくら電話しても出ないとのことでした。
私からすれば、いくら説明を受けても雇った記憶も記録もない他人ですので、ハイハイと払うわけにもいきません。
彼に勧めたのは労働基準監督署へ相談して客観的な解決を図ることでした。監督署は誰でも相談しようと思えば気軽にできます。
私のアドバイスを受け、中村は相談へ行ったようです。しかし、結論から言うと中村に給料が支払われることはなく、また立て替え制度により国から援助をもらうことすらできませんでした。
なぜそうなってしまったのでしょうか。そして中村は、働いた分の給料を取り返すためにどうしておくべきだったのでしょうか。
事件の全貌を元に、以下に詳しく記述いたします。
本日の記事は、いくつもの会社を経営しているPHIROS様の提供でお送りします。
なぜ、労働基準監督署が動けなかったのか
事件の全貌。まずは事情聴取へ
中村からの相談の数日後、労働基準監督官から知っている範囲内で詳しい話を聞きたいと私宛に連絡がありましたので、事務所にお越しいただきました。
用件は、当然木村についての情報提供です。
幸いなことに中村から事情聴取した内容から判断しても私および弊社に支払い義務はなく、木村個人の追及を開始するとのことでしたので、いくら電話をしても出ない木村の自宅をお教えしてその場は終わりました。
そのほか、中村は雇われたときからずっと何一つとして書面交付を受けておらず、シフトを携帯で撮影した画像くらいしか持っていないため客観的証拠が何もないとのことでした。
しばらくして、木村へアプローチした監督官から再度ご連絡をいただきましたが、その内容は私が事前に想定した通りの内容でした。
結局、木村は私へ責任をなすりつけようとしてきたわけです。
「塾の運営会社に支払い義務がある」と一貫した主張をしたそうで、証拠を掴むことのできない監督官は打つ手がない状況となり、「未払い賃金立て替え制度も利用できないケースであり、中村は泣き寝入りせざるを得ない」とのことです。
挙句の果てに、「代わりに払ってあげてもらうわけにはいきませんか?」とのお願いもされました。もはや労働法の番人として機能できていない状況に他なりません。
木村が悪いことは明確。なのに、支払わせられなかった理由
ここで注目すべきは、“私サイドに支払い義務がない”と当初より判断できているわけですから、木村が支払わなければならないと答えが出ているはずなのに、木村を追求しても支払わせることができなかったという点でしょう。
なぜ木村に支払わせることができなかったかといえば、中村が証拠となるものをなにも持っていなかったためです。
個人事業主の場合、雇い入れ時の条件について書面交付などをおこなわずに口約束だけになってしまうことも多く、今回のケースはまさにそれが悪い方向に進んだ典型的な事例といえます。
そして、最終的な救済策として利用できる未払い賃金立て替え制度も、個人事業主であれば利用できないケースが少なくありません。
事件を担当してくれた監督官曰く、「なんとか立て替え制度を利用させてあげたいところだが、決められた要件があるので上で撥ねられる」とのことでした。
立て替え制度を利用できない理由として、下記が主要因とのことです。
・しかし事業主が労災保険適用事業者である必要がある
・当運営塾では、労災保険に加入していない
・また証拠能力にも乏しい
上記が理由となり、形式が整えられないのです。
法的にはアルバイトであろうが、1人でも雇い入れれば労災保険に加入しなければならないこととなっていますが、木村のような個人事業主が加入しているはずもありません。
(最初から詐欺をするつもりの人間が、どうして加入なんてしましょうか)
小さな個人事業にまで監督官庁の目が行き届くはずもないので、労災保険に加入していない場合が多いのです。
自分の勤め先が労災保険に入っているかどうか調べるには?
監督官が言うには、アルバイトでこのようなケースはほとんどない、とのことですので、あまり心配する必要もないかもしれませんが、万が一のことを考えた場合、雇い主が個人事業主であるのは怖さを感じます。
(逆に言えば、アルバイト以外の雇用形態――たとえば正社員での給料未払い事件は意外と多いのですが)
働き始める際には、その事業所が労災保険適用事業所であるかどうか確認してみることもおススメです。
厚生労働省のHPより簡単に検索できますので、機会があれば利用してみてください。
“まさか自分が?”と思うことのないようにしておくことは何事においても大切です。頭の良いとされる方でも、専門外の知識不足により思わぬ落とし穴にはまって泣き寝入りすることだってあります。
中村は医学部生ですので頭は悪くないでしょうが、このような目に遭ってしまっていますので、いくらか教訓として皆さまに捉えていただければと思います。
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さて、木村のその後ですが……
他でも悪さをしていたようで、50代後半にもなって配偶者より見捨てられ、自宅から追い出され、生活保護を受けて暮らしているそうです。