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収入さえ良ければ休みがなくても満足なのか?

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最初に言っておこう。収入は大事だ。多ければ多いに越したことはない。

――ただし休みがちゃんと取れるのならな!

そう、確かに収入は多いほうが良い。だが収入を語る上で、なぜみんな休みを考慮しないのだろうか?

たとえば婚活の場では。たとえば同窓会では。お互いの収入をステータスにし、ひけらかし合っては競い合う大人のプライドをかけたセコい勝負が行われている。

「俺はドコドコの企業に勤めてて年収○00万なんだぜ~~」「うちの旦那もさ~~~」「俺は有名大手のグループ会社で~、まあ年収もそこそこ? って感じ?」「あ、そこうちの子会社だわ^^これからヨロ^^」みたいな。

いやみんなこんなにあからさまには言わないかもしれないけれど、水面下ではさりげなくねちっこく今のようなステータスバトルが繰り広げられているのはどこの同窓会や婚活パーティでもそうだろう。まったく醜いったらありゃしないぜ。

まあマジに稼いでる奴は婚活なんてしないし地元の同窓会みたいな下民の集まるところには行かないけどな!

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で、時給換算では?

さておき、不思議なのは年収=正義みたいな感じになってしまっていて、休みの多さ、つまり生産性があまり考慮されていないことだ。

だが実際のところ、たとえば年収800万でも年間休日100日未満で残業も月80時間超えてま~~すみたいな人より、年収600万でさっきの人より200万近く下がるけれど、年間休日125日あって残業もほとんどありませんよ~~って人の方がどう考えたって生産性高い。つまり仕事できる。ふつうに考えて、こっちの方が優秀では?

それに、どっちが仕事が出来るかっていうステータスの話し以外でも、単純に自分の人生として、金あったところで使う暇もなくてええのんか? っていう切実な疑問がある。

私は600どころか400でも良いので、年の半分は休みたいと思う。今のご時世、遊ぶのにお金はそんなに要らない。生きていけるだけのお金とあとは念のためのお金さえあれば、もう残りは全部時間がほしい。

私がこう主張すると、おそらく賛同はそれなりに得られるだろう。……ただしネット上では、だ。

お金の持つチカラ

しかし現実にはこのような考え方は圧倒的少数派だ。そしてネット上では賛同している人間でも、より濃密な人間関係の間では、年収という数字ではっきりと表れてしまうステータスの魔力の前には案外あらがえられなかったりする。

やっぱり、ある程度親しい人間関係の中では収入が低いと“恥”と考えてしまうのだろう。かくいう自分も、こんな偉そうに言っておきながらやはり学生時代の友人と比べて自分の収入が低かったら、どこか気恥ずかしい思いをするだろう。たとえ休みがそのぶん多くても、だ。

これがまさにお金の持つ魔力であり、我々日本人の長時間労働がいつまでたってもなくならない原因の一つだろう。――お金というモノの持つ魔性に、人は心底弱いのだ。

だがその一方で、本当の本当はお金より時間の方が大事だと知っている人はとても多い。知りながら、魔性に魅了されている。大事なのはそう、お金の魔力や世間の常識に惑わされず、自分にとって必要なモノをつかみ取れる強い意志なのだ。

もしも負けそうになったら、今一度問いかけてみよう。
『収入さえ良ければ休みがなくても満足なのか?』と。

私は休みがほしい。時間がほしい。もっと遊びたい。人生を満喫したい。仕事で毎日を埋めたくない。やりたいことはやっておきたい。死ぬ間際に、後悔したくない。

だから、負けない。

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